
満月が背中で丸く息をしている。夜気は澄み、雫のような灯りが糸を引きながら宙に垂れ、静けさの粒をひとつずつ結ぶ。灰青の着物に花影がやわらかく流れ、黒の帯に金の意匠が小さく瞬く。髪に挿した白い花が、呼吸に合わせてかすかに揺れた。
彼女の指先が弦に触れるたび、木の香のする胴が微かに震え、光は音に導かれるように色を変える。高い音は星をかすめ、低い音は夜の底へ沈む。余韻は月の輪郭を撫で、滴る灯りの影を長く伸ばした。音と光が交わる場所に、時間の継ぎ目が生まれる。
うつむいた横顔は凪いだ湖面のように静かで、まつげの影が頬に落ちる。風が裾を撫で、花柄は月明かりを受けて薄い銀の霜になる。奏でられるのは誰かを想う短い手紙。弾き終えた指先にわずかな震えが残り、夜はそれを包み隠す。
最後の和音が空へ解けると、灯りはひと呼吸遅れてまたたく。今宵、音は空の深さを測り、光は心の位置を示した。残ったのは、満ちる月と、胸の奥でいつまでも続く静かな余韻だけ。


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